Borrowed Landscape Project 2013 レジデンシー・レポート


BLJは、作品創作の前段階となるリサーチ・レジデンシーをベルギー・ドイツ・日本の三都市で行っています。
ハイネ・アヴダルと篠崎由紀子、そして2013年から新たに梅田哲也と李丞孝がコラボレーターとして参加したレジデンスの模様をレポートします。2014年3月、東京での活動にもご期待ください。


【2013年度の活動】
ベルギー・ルーヴェン STUK/日程:2013年6月10日(月)〜16日(日)
ドイツ・エッセン PACT Zollverein/日程:2013年6月17日(月)〜23日(日)
日本・東京 森下スタジオ/日程:2014年3月26日(水)〜30日(日) *ワークショップ開催予定
助成:公益財団法人セゾン文化財団




空間のヒエラルキーに向き合う新たなアプローチ


李丞孝(イ・スンヒョウ)

 身体を通じて空間を見直すハイネ・アヴダルと篠崎由紀子、音と光で空間を変えていく梅田哲也。異なる方法論でありながらも、場所を扱うサイトスペイシフィックというテーマの中で彼らは交差する。彼らが出会うとき、空間に対してどのように取り組むことができるだろうか、また、どのような化学反応が起きるのだろうか。その試みの第一歩として、2013年6月から2週間にわたり、ベルギーのルーヴェンにあるアートスペースSTUK(ストゥク)とドイツのエッセンにある劇場PACT Zolverein(パクト・ツォルフェライン)でリサーチ・レジデンスを行った。筆者はドラマトゥルクとして参加し、彼らの制作に力を足すことに。

 リサーチとはいえ、仕事としては初めて集まる4人が2週間でいったい何が出来るのだろうか。今回は、前回の横浜借景プロジェクト(Borrowed Landscape Japan)でアヴダルと篠崎が試みたような振付家同士のコラボレーションでもなければ、梅田が作品の音を担当するサウンドアーティストとして参加したわけでもない。しかもこのようなコラボレーション・プロジェクトには初めて取り組む私まで。非常に不思議な組み合わせによるこのプロジェクトを前にして、最初の打ち合わせでは緊張感さえあったことを思い出す。それと同時に、この奇妙な組み合わせがもたらす化学反応に、妙な高揚感と期待も感じていた。

 

 私は当初、彼らが持っている差異が空間に対峙することにどのような新しい視点をもたらすのかという興味を持っていた。アヴダルと篠崎が前回のワークショップ・ノートで述べたような、空間に溶け込んで同化するアプローチは、異なる方法論の中でどう交差するのだろうかということだった。しかし他方では、それぞれの作品の中で彼らが出してきた強い意志が、コラボレーションという新たなプラットフォームにいかなる影響を与えるのかという点で若干の懸念もあった。リサーチのプロジェクトとはいえ、クリエーションと似たような過程の中で個の主観が自分たちの作品で表れる世界観と同一化すると、他ジャンルの間でありがちな終わりのないぶつけあいになってしまうからだ。だが彼らは、それぞれの世界観を出し合いながらも、空間に向けての新たなアプローチとして何ができるかを慎重に模索し、お互いの空間に自然と溶けあっていたと思う。





 私たちは、リサーチ期間中に場所を巡る様々な実験を行った。違う背景をもつ4人が行う実験は、それぞれが持つ経験と思考に対する能動的な反応でもあると感じた。昔学校だった建物を改造したストゥクでは、今回のプロジェクトのために提供されたスペースのほかにも、ブラックボックス、スタジオ、食堂、カフェ、今も芸術大学の学生が使っている講義室まで様々な空間が存在する。
 まずは、その空間それぞれを再発見してみるワークショップを行った。以前のワークショップでも試したように、アクティブ(能動)とパッシブ(受身)にグループを分け、アクティブグループが決まった空間にあるものを使って何かを行うと、パッシブのグループがそれに反応するということだ。アクティブグループは即興的に動きを生み出す中で、空間の中にあるオブジェクトを移動させ空間そのものを変化させることもあれば、それによって生まれる音や光で間接的に空間を変えたりする。
 パッシブグループはその空間の変化にあわせて反応するが、その空間というものにはオブジェクトだけでなく、音や光、アクティブの人の身体も含まれるのである。アクティブの身体が意図的にパッシブを巻き込んで振り付けのような動きが生まれる場合もあれば、すれ違うだけで偶然性による構成が作られる場合もある。
 このような作業を同じ場所で繰り返すことで、普段何回も通り過ぎる何もない(と思われていた)場所に存在するヒエラルキーが見えてくる。梅田が以前行った展示のタイトルのように、小さいものが大きく見えたり、大きいものを小さく見せたりすることは、そのようなヒエラルキーが揺さぶられることを意味するだろう。





 ここで、身体と振り付けを軸として作品を作ってきたアヴダルと篠崎に梅田が加わって生まれた異質感が非常に興味深い要素として目立ち始めた。それは彼らが空間に同化する方法が異なるからだろう。同じ空間を巡っても、梅田はそれを音に置き換えながら周りに溶け込んでしまったり、篠田はそれを体の動きと結びつけて振付として消化したり、アヴダルはそれをストーリーテラーのように物語として作り直したりしたのである。

 一つの場所を決めて行ったこの作業を、建物全体に及ぶまで少しずつ移していった。例えば、スタジオから建物の入り口まで移動する比較的長いルートをそれぞれがかわりがわりに再解釈していくという作業だった。ここでも3人のアプローチにはそれぞれ異なる様相が表れ、またパッシブがそれに反応する方法も全く新しい結果を生み出したりした。その中で空間を見つめなおし、そこに偏在するヒエラルキーを考察することで、自分が持っていない新たな観点に置き換えられたに違いない。
 そのような新しい観点は、スタジオや劇場のようにパフォーマンスに最適な空間だけでなく、カフェや廊下、階段、ロビー、ひいては建物外部の空間にいたるまで、パフォーマンスの領域を拡張させていくのである。そこに観客が位置すれば、いかなるインタラクティブな物語がうまれるだろうか。また、そのような構造の中で観客と俳優は、あるいは観客と空間はどのような関係性を持ち得るだろうか。そのような問いかけは、今回のリサーチの収穫でもあり、今後の課題でもあるだろう。





 かつて工業地帯として繁盛していたルール地方に位置し、今は廃鉱になっているところを文化施設として使っているPACTでは、そのような実験をさらに発展させ、一つのサイトスペイシフィック作品を創り上げることに挑んだ。ワークショップのような実験を繰り返しながら一つの終着点に向かっていく過程は、それぞれが持っている主観が妥協してしまいがちでもある。そのため、形式が事前に決また形で'良い結果'を求めるのではなく、あえて偶然性によって作られる即興的なパフォーマンスの形をとった。数回によるリハーサルの中では毎回使われる場所もその使い方も変わり、空間が柔軟に拡張していくことができた。当時PACTでは夏のフェスティバルが行われており、様々な人々が通り過ぎたり公演の準備が行われていたりもしたが、その中で行うパフォーマンスだからこそ空間の意味が再定義できたかもしれない。そのような偶然性と構成が並置されることで、劇場という固まった空間からも新たな可能性が見えてきた。

 

 短いとも言える2週間のリサーチの中でつかめたのは、コラボレーションで作品を創る方法論とかある種のテクニックではなく、空間に向き合う態度を変化させそれを共有することで得られる新たな関係性だったと思われる。今度の3月に東京で行うリサーチ・レジデンスは、その関係性が何らかの形に生まれ変わるきっかけとして機能するだろうと期待している。彼らの次の作品には、どのような世界観が新たに表れるのだろうか。



Borrowed Landscape Project 2013 プロジェクトメンバー



ハイネ・アヴダル Heine Avdal/振付家・パフォーマー/fieldworks主宰

1969年オスロ生まれ、ブリュッセル在住。ノルウェー国立バレエ学校後、ベルギーのP.A.R.T.Sで学ぶ。1997年からメグ・スチュアート率いる「Damaged Goods」に入団。2000年より振付家として活動開始。2000年から篠崎とのコラボレーションを始め、身体、映像、オブジェなどを使ったインタラクティブな作品を制作。インスタレーションや映像作品も手がける。2009年より篠崎と共に『Field Works』シリーズを開始。ホテル、オフィス、自然環境などを取り入れたパフォーマンスプロジェクトを制作し、ヨーロッパ各地で公演を行っている。2011年2月『Field Works-office』横浜公演、同年10月『Borrowed Landscape-Yokohama(横浜借景)』、2012年8月『Borrowed Landscape-Yokohama 2(第2回横浜借景)』 参加。


篠崎由紀子 Yukiko Shinozaki/振付家・ダンサー/fieldworks主宰

1969年東京生まれ、ブリュッセル在住。ポートランド州立大学でコンテンポラリーダンスと心理学を学ぶ。卒業後、NYでダンサーとして多数の振付家の作品に参加する一方、自身の作品創作を開始。1996年メグ・スチュアートのアシスタントとしてミハイル・バリシニコフ率いるホワイトオークプロジェクトの作品制作に参加。その後「Damaged Goods」に入団。2000年からハイネ•アヴダルとの共同創作を開始。主な作品に『ひび』(2007年、山田うんとのコラボレーション作品)、『You are here』 (2008)、『Field Works』 (2009〜2011)、『nothing's for something』(2012) など、ヨーロッパを中心に活動中。2011年2月『Field Works-office』横浜公演、同年10月『Borrowed Landscape-Yokohama(横浜借景)』、2012年8月『Borrowed Landscape-Yokohama 2(第2回横浜借景)』 参加。


梅田哲也 Tetsuya Umeda/ライブや展示などの作家
Webサイト

1980年熊本県生まれ、大阪府在住。その場にあるものや環境に自作の装置などを組み合わせ、現象そのものを音として生産・コンポジションし、ライブパフォーマンスやインスタレーションを中心に幅広く活動するアーティスト。国内外の展覧会に精力的に参加するほか、アジア・ヨーロッパ各地の音楽フェスティバルにも参加。これまでに、既存の展示空間のみならず、倉庫や廃校、旧道トンネルなどで展示をおこない、ホワイトキューブにおいても、壁の奥や天井裏などのデッドスペースをも魅力的な「素材」と捉えた作品を創出してきた。最近の主な個展:2011年「はじめは動いていた」VOXビル(京都)、「大きなことを小さくみせる」神戸アートビレッジセンター、「小さなものが大きくみえる」新・福寿荘(大阪)、2012年「待合室」オオタ ファインアーツ(東京)。グループ展 「Double Vision: Contemporary Art from Japan」モスクワ市近代美術館(ロシア)/ ハイファ美術館(イスラエル)、「ソンエリュミエール」金沢21世紀美術館など。


李 丞孝 Seunghyo Lee/ダウォン芸術研究者

1984年ソウル生まれ、東京在住。ソウル大学工学部卒業後、2009年に来日。東京芸術大学芸術環境創造修士課程卒業。研究テーマは韓国のダウォン芸術、アートフェスティバルに関する文化政策等。現在、フェスティバル/トーキョーのアジア事業コーディネーター、十六夜吉田町スタジオ(2012年9月オープン)の海外担当ディレクターを務める。グリーンピグ『ステップメモリーズ』、岡崎芸術座『隣人ジミーの不在』等、日韓の戯曲翻訳も手掛ける。論文に、『2000年代の韓国におけるダウォン芸術を巡る考察』(2011年)。2013年、韓国の革新的な国際芸術祭Festival: Bo:m(フェスティバル・ボム)の芸術監督に就任。



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